とある街の一角から、ヴァイオリンの調べが聞こえてくる。
それはとても繊細であり、どこか寂しくも聞こえてくる音色である・・・

・・・・かたかた・・かたかた・・・

「・・・ちょっと、風が出てきたみたいね・・・」


私の夢、あなたへの思い・・・

ヴァイオリンの演奏をやめ、誰に言うでもなくそうつぶやいた晶は
窓に向かい、外を眺めた。
時刻は夕方・・・
夏が終わり、まだ紅葉には早いとはいえ、
さすがにここ長崎も風が冷たくなりはじめてきた。

「しばらくは、この長崎の街ともお別れか・・・
今のうちにこの景色、しっかりと焼き付けとかなきゃ。
・・・な〜んてね!何だか、私らしくないはね。
たかが2年、ウィーンに留学するだけじゃない!そう、たかが・・2年・・・」

晶は、去年の夏に行われた全国ヴァイオリンコンクールで見事に優勝を果たし、
副賞として獲得した、ウィーンへの音楽留学を明後日に控えていた・・・
実際には高校卒業後、準備のために何度かウィーンには行って、語学勉強などをしていたので
「いまさら」と言う感じもしないではないが、やはり「留学」となると違ってくるものだ。

「明日は、和也と日本で会う最後の日か・・・なに言ってるのかしら、私・・・
ちょっとの間、会えないだけじゃない・・・・そんなのいつものことじゃ・・ない・・
まっ、しばらく会えないんだから、ちょっとは甘えようかしら、明日ぐらい・・・」

そう言って、窓を閉めた晶の横顔には、寂しさも感じられた。

翌日・・・ウィーン出発前日・・・

明日、成田から日本を発つため、ちょっと早目に東京にやって来た晶。
建前上は、『余裕を持って移動したい』と言うことだが、
実際は、どうしても和也に会いたかったからである。
なぜなら、晶は・・・

「う〜ん、遅いな〜。飛行機が遅れてるのかな?・・・・あっ、いたいた!お〜い!!」
「・・・っも〜、そんな大声出さなくても・・・でもいいわ。
その代わり、今日一日、はずっと私といること!いいわね!」
「もちろん!言われなくたって!それじゃ、お台場でいい?
ここからも近いし、あそこなら、ショッピングとかも出来るし。」
「そうね、いいわよ。移動しましょう。・・・時間は限られてるんだから・・・
「うん?晶、何か言った??」
「え、何でもないわ。もう、それより早く行きましょう!」

そう言って、晶は和也と腕を組んで、引っ張るようにして歩いていった。

「ちょ、ちょっと晶。そんなに急かさなくても・・・
(・・・何だか、今日の晶、妙に元気がいいと言うか・・・
何か、無理してなきゃいいけど・・・)」

そんなわけで、お台場に移動した二人は、ショッピングを楽しんだり、
公園を散歩したりと、久々のデートを楽しんでいった。
デート中の晶は、やっぱりいつもと何かが違っていた。
「どこが?」と、聞かれるとはっきり言葉では表せないが、
洋服などを見て回っているときなど、『心、ここにあらず』と、言った感じで
服を手にとっているものの、ちゃんと見ているか疑問に思うそぶりを見せていた。

日も傾きはじめ、夕日に海が照らされて、きらきらと輝いている。
そんな海沿いの遊歩道を、二人は並んで歩いていた。

「(う〜ん、やっぱりなんか変だよな〜、今日の晶・・・
しいて言えば『空元気』っと言ったところかな?)
ねえ、晶。ちょっと、休もうか?」
「・・・・・・・」
「・・・晶?どうしたの?何か、考え事でも・・・」
「え、あ、なに?どうかしたの?」
「どうかしたの?って、それは晶の方でしょ!
ほんとにどうしたの?今日一日なんだかおかしいよ、晶?」

そう言って、晶の前に回り込み、顔を覗き込もうとする。
しかし晶は、唇をかみ締め、うつむいてしまった。

「・・・おかしくなんか・・・ない・・わよ・・・」
「おかしいよ!じゃあなんで、うつむいたりしてるの?何があったの、一体?
僕じゃ、力になれないことなの?」
「・・・ほんと、優しいわよね、あなたって・・・
でも・・・いつまでもそれに甘えてちゃいけないわよね・・私・・・
明日になったら・・・もう・・・」

そこまで言って、晶は顔を上げた。目には涙があふれていた。

「あなたは大丈夫なわけ!長崎とは比べ物にならないぐらい遠いのよ、ウィーンは!!
私は、いやなの!これ以上、和也と離れるのが・・・
ねえ!『行かないで!』って言って!『このまま、日本にいてくれ!』って言って!!
お願い、和也!!お願い、ねえ・・・言ってよ・・・」

そこまでいっきに言うと、とうとう耐え切れなくなり、
和也の胸に倒れ込む様に抱きつき、肩を振るえさせながら泣きはじめた。
晶は、泣きながらも
「・・・離れるのはいや・・・もう、離れたくないの・・・」
そう、何度も繰り返していた。

和也は、晶の顎に手をかけ、顔を軽くあげさせると、強引にキスをした。
初め、晶は驚いた様子だったが、すぐに和也に身を委ねた。
和也の耳には、晶の甘い吐息が聞こえてくる。

しばらく抱き合った後、和也がゆっくりと口を開いた。

「・・・僕はもう、何処へも行かないよ。晶が帰ってくるまでは・・・
それに、離れたくないのは、僕も一緒・・・いつだったか、晶が言ってたよね、
『ウィーンに留学するのが、夢の一つだ』って・・・
でも今は、夢を二つ一緒のかなえるのは無理みたいだから、
まずは目の前にある夢からかなえていこうよ!『ウィーンへの留学』と言う夢から・・・
そしてそれが終わってから、次の夢へと動き出しても、まだ間に合うはずだから。
それに・・・きっと、晶の夢と僕の夢はいっしょだと思うから・・・」

晶は、和也の言葉をうつむきながら聞いていた。
そして言葉が終わると、ゆっくりと顔を上げ、
和也の顔をまっすぐに見据えながら、こうつぶやいた。
「・・・信じてもいいのね?もし破ったら、絶対に許さないんだから!」
そう言った晶の顔には、もう涙はなく、
いつもの・・・いや、いつも以上の笑顔が浮かんでいた。


そして和也は、返事の変わりに晶を抱きしめ、もう一度キスをした。

・・・晶のウィーン留学当日・・・

晶と和也は成田にいた。
昨日とうってかわって、晶の顔には、もう迷いはなかった。

「それじゃ、行ってくるわね。向こうに着いたら、すぐに連絡入れるから。」
「あぁ、お願いするね。でなきゃ、こっちから電話すらかけられないからね!」
「ふふぅ、わかってるわよ。毎週楽しみに待ってるわよ、電話!」
「ねぇ、ほんとに毎週でなきゃ駄目なの?せめて、隔週で・・・」
「だ〜め!!私のこと思ってくれてるのなら、その位できるはずよね!」
「う〜ん、バイト増やさないと、電話代がきつくなるな〜。
・・・それより、ほんとにいいの?『向こうに行ってる間は会わない』って。
夏休みとかだったら会いに行けるよ?」
「・・・うん、いいの。向こうでは、自分の実力で勝負してみたいの。
『あなたが来てくれる』って思うと、甘えそうだから、私・・・」
「・・・そっか・・・わかったよ。でもね、どうしても必要になったときは、
電話、掛けてきていいから・・・何があっても駆け付けるからね!」
「・・・ありがとう・・・あっ、もうこんな時間!私、行くわね!」

視界に入った時計を見て、晶は荷物を持ち、移動しようとする。
和也はそんな晶の背中に腕を回し、軽く抱きしめ、二人はキスをした。

「・・・いってらっしゃい・・・帰って来るのを楽しみに待ってるよ。」

そう言って、軽く背中を叩き、時間が来たことを知らせる。
晶はまだ、和也の胸にもたれていたが、名残おしそうに和也から離れ、
「・・それじゃ、行ってくるわね!」
そう言って、晶は出発ロビーに向っていった。

そんな晶の後ろ姿を見送りながら、和也は
「・・・今度は、僕が待つ番だね・・・

2年間・・ちゃんと待ち続けているからね・・・」
そうつぶやき、空港を後にした。






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